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20120718記 死ぬべきか生きるべきか 紫陽花革命へ  主権者の内面が震源地

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http://blogos.com/article/43331/
紫陽花革命 官邸前に示される主権者の意思 1/2
22012年07月18日 10:25

は、

下記のように(---内)、更なる日本の民主主義の発展を考えさせる示唆に富む問題提起をなされております。
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 ご無沙汰していました! 皆さまお元気でしたか。私にとってこの1ヶ月の間は希望と落胆とが混じり合う時間でした。希望は市民社会が大きく変わりつつあること、落胆は野田首相の大飯原発再稼働や消費税増税をめぐる発言、混沌とした政局状況です。希望と落胆の間を揺らぎながら、でもやはり絶望だけはしないと自分に言い聞かせています。

 マス・メディアであまり報道されていないためご存じない方もいらっしゃるかもしれませんが、官邸前では毎週金曜日夕方に大飯原発再稼働に対する抗議集会が開かれていました。6月22日には主催者発表で4万5千人(警察発表約1万人)の集会となり、再稼動直前の29日には15万人にも膨れ上がったのです(警察発表約1万7千人)。この両日には私も部分的に参加しましたが、日本社会は確実に変わりつつあると実感します。

 官邸から道路を挟んで国会記者会館があるのですが、そこを起点に国会議事堂脇の坂を財務省下と溜池方面と2手に別れて大勢の人が詰めかけ、「再稼働反対」と叫んでいました。29日には歩道に人が溢れたため、国会記者会館前の道路は集会の途中で車両通行が禁止され解放。人々が道路を占拠し、官邸に向かって声を上げる、実に1960年の安保以来の出来事が起きたのです。(安保の時は30万人程度と言われています。)

 参加者は子どもからお年寄りまで。ありとあらゆる層の人たちが自らの意思で足を運んでいました。ベビーカーを押しているカップルも多く目につく一方、スーツを着たサラリーマン風の人はあまりいない印象でした。そして主催者側の「解散!」の声が響くと、静かに三々五々帰路につく実に平和的なデモでした。

 22日の集会は東京新聞が1面で取り上げ、朝日新聞は社会面に小さい記事。29日はさすがに朝日新聞も1面で写真を掲載していました。しかし読売新聞は社会面に小さな記事のみ、日経新聞は取り上げていません。原発再稼働に対する新聞社の賛否はあるにせよ、官邸前にあれだけの人数の市民が集結し声を上げたことを報道しないというのは、(それも国家記者会館の目の前ですから知らないはずがない!)、確信犯的に市民の声を黙殺していることになります。

 しかしなぜあれだけの人々が集まったのでしょうか?私は「官邸前」であることが重要な要因だと思っています。野田首相の大飯再稼働決断の際の記者会見では「国民の生活を守るため、再起動すべきというのが私の判断です」と述べましたが、安全対策が不十分のまま再稼働することを「国民の生活のため」と言ってのけることに対する反感が、人々を官邸前へと向かわせている気がしてなりません。野田首相はこの他にも、29日の抗議集会に対して「大きな音だね」と発言し、これに対して「音ではない、人々の声だ!」という反発がソーシャル・メディアの中では広がっています。声を上げなくてはと思う人が、さらに増えるのではないでしょうか。

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紫陽花革命 官邸前に示される主権者の意思 2/2

 いみじくも野田首相は再稼働容認会見の中で「国論を二分している状況で1つの結論を出す。これはまさに私の責任であります」と述べています。この発言はこの人の民主主義の感覚を、よく表していると思います。消費税しかり、TPPしかり、国論は二分しているから、首相が決断を下せばよい、あるいは下すべきだということなのでしょう。人々の声も、民主党内の声も、一切聞く必要はない。「決められない政治」に終止符を打ち、次々に難問に対して「責任を持って」結論を出している。これこそ宰相たるものの務め。そう考えていらっしゃるのかもしれません。

 果たしてそうなのでしょうか。大飯原発再稼働や消費税増税に関して世論は反対の方が多いと思いますが、それはさておき、国論が二分している状況下では判断は首相に「一任」されるべきなのでしょうか?

 重要な争点において国論が二分しているならば、社会の対話を深めることにエネルギーを傾注すべきであって、それでもなお決着がつかないのであれば、直接投票にかけるべきだと私は思います。議論も深まっていないうちに誰かに「一任」することは最悪の決定方式かつ民主主義に反する行為だと思うのです。

 反対派に意見を言わせガス抜きをし、最後は執行部に「一任」するというのは、自民党も民主党も多用する統治術です。権力獲得を第一目的として組織化されている政党を治める術としては効果があるのかもしれませんが、社会全体に適用できるものではありません。なぜなら、最終的な決断は主権者が行うものであり、首相は主権者に一時的に権力行使を許された存在に過ぎないからです。

 「一任」を主権者が許容できるとしたら、それは主権者が主権者であることを自ら降りる時でしかありえません。「何でもいいから決めてくれ」というお任せ民主主義の下でしか、執行部一任方式は通用しないのです。

 官邸前集会における市民の行動や、あるいは大飯原発再稼働直前の原発前抗議の様子を見ていると、日本の社会は確実に変化しつつあると実感します。責任を持った主権者たろうとする人々が静かに行動を始めているからです。市民社会の中で共感の輪を広げ、新しい社会を作り上げようとする政治的な意思が生まれてきている気さえするのです。

 ところで官邸前抗議はいつしか「紫陽花革命」と呼ばれるようになっているのをご存知ですか? エジプトのジャスミン革命からヒントを得たネーミングと思われますが、紫陽花の咲く時期だから、紫陽花の花が無名の多数の人々を表しているようだからなど諸説あるようです。私もどこから始まったのか知らないのですが、素敵な名前だと思います。紫陽花の色や種類の多様さは、社会における価値観の多様さを反映しているようでもあります。

 大飯原発再稼働反対で一致した官邸前の抗議集会から、どのように市民社会が成熟していくのか未知数ですが、後戻りすることのない何かがすでに始まったことだけは確かなように思います。民主党分裂で揺れる政界がどのように市民社会の変化を受け止めるのか、あるいは無視するのか、日本の未来にとってかなり重要な夏を迎えそうです。

茶園 瞳 HITOMI CHAEN/大学教授
天候が不順ですね。私はどうやら雨女らしく、授業のあるときは決まって雨。最近は諦めて折りたたみ傘を持ち歩いています。女性は日傘兼用があるから、晴れていても使いようがあるのですが、男性はそうはいかないなあと思っていたら、恐れ入りました。男性でも日傘をさしている人を見かけました。自分が持ってたステレオ・タイプに気づくと、なんか面白いです。

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