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「戦没者の遺言」である日本国憲法9条という平和をつくる力。 新しい時代を切り開く、新しい世代の生き方。 

中日新聞
http://www.chunichi.co.jp/article/shiga/20100820/CK2010082002000173.html

によると、

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滋賀大(彦根市)の学生でつくる「陵水(りょうすい)新聞会」は、太平洋戦争末期、地上戦で多くの住民が巻き込まれた沖縄戦の体験者らを聞き取りし、特集号にまとめた。敵の砲弾を受けた壕(ごう)を目の当たりにし、現在もなお米軍基地に苦しむ人に触れた。学生は「遠いという理由で沖縄の問題に無関心でいてはだめ。周りの人たちにも真実を伝えていきたい」と話している。

 2年の桜井夏輝さん(20)と、1年の寺村真実さん(18)の2人が6月に5日間にわたって取材した。沖縄戦の時に6歳だった「平和ガイド」の知念良吉さん(71)らの案内で、激戦地となった嘉数高台(宜野湾市)や戦没者の名前が刻まれた「平和の礎(いしじ)」(糸満市)、ひめゆり平和祈念資料館(同市)を訪ねた。

 心に刻んだのは、平和祈念資料館の副館長で元ひめゆり学徒隊の宮城喜久子さん(81)の話。首里城(那覇市)に友人と行き、クラブ活動を楽しむ女学生の日常が、地上戦で一変し、16歳で看護要員として動員された。暗闇の壕内には、兵士の腕や顔に巻いた包帯の内側から、ウジが傷口の肉を食べる音が響いた。4年間ともに過ごした31人の学友がわずか16歳で命を落とした。その中には、自分の目の前で米兵の火炎放射器で燃やされた友人もいた。

 「(終戦から)40年たって初めて当時の戦地に入れた」と苦しんだ宮城さんの姿に、寺村さんは「戦争は残酷でむごい。絶対に起こしてはいけない」と強く感じた。

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戦後65年。今このように日本の青年達が真実を求め、平和を求め、未来を開こうとしています。実に感動的です。「戦没者の遺言」である日本国憲法9条が、見事に現実に生かされているなぁとも実感いたします。人間が豊かな感性に裏打ちされた理性と鋼の意志を持つ限り、世界の平和は必ずや実現出来ると思いました。

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