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いくら優秀な教師でも

今、権力を行使する安部総理を先頭に優秀な教師をと叫んでおります。 そもそも優秀な教師とはどのような教師なのでしょうか? 古来、庶民の間では、常に旧くて新しい問題です。 そして、庶民の間では、それなりに意義のある問答でした。

ただ、言え得ることは、いくら優秀な教師(存在するとすれば)でも、劣悪な教育環境では、その折角の能力も教育活動も十分に発揮出来ないということです。

学校の教師は一人で教育の仕事をしているのではありません。 沢山の同僚教師とともに、沢山の児童・生徒を相手に仕事をしております。

ある教師について論ずるのであれば、大所高所より、ダイナミックに、深く論じなければ、それは、正確さに欠ける、不毛の論と言わざるを得ません。

否。 不毛どころか、真の学校教育を破壊する恐れさえ内包しております。 一人一人の児童・生徒の豊かな人格を形成する望みも剥ぎ取られてしまいます。

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昨年、教育基本法改悪で頑張ってきたブログとしては、見逃せないニュースです。教育再生会議:高校で社会奉仕活動を必修化、明記の方針 だそうです。 [続きを読む]

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